もう慣れた道ではほとんど迷わなくった頃、季節は春になっていた。
「私はお前のことが大っ嫌いだったよ」
いきなりインパクトのある言葉を放ったのは、綾部先輩だった。
卒業式の日のことだ。
「今も嫌いだけど」
「……知ってます」
不機嫌な猫の様な顔で睨まれる。
「滝ちゃんがなんでお前を選んだのかさっぱりわかんないし、私が最期看取れなかったのはすごく悔しい」
「はい」
「でもお前が幸せに生きることを滝ちゃんが望んだから、……悔しいけどお前のこれからを祈るよ」
「は……はい?」
彼は笑っていた。恐らく初めて、俺に見せた笑顔。驚くほど綺麗な笑みだった。
「滝ちゃんの分まで幸せにおなり」
じゃあね。俺の一番の好敵手は、手を振って背を向けた。
「…っ、綾部先輩も…!」
思わず口から出た言葉に、彼が振り向く。
「あたりまえだろ。誰に言ってるの。ばか」
ですよねー。
自分の委員会へ歩いて行く先輩へ、俺は笑って頭を下げた。
あの斉藤先輩にも挨拶をした。予算会議では散々お世話になった田村先輩にも挨拶をした。
滝夜叉丸と共に六年を過ごした彼らが学園を去る。その中に彼がいないこと少しの寂しさを覚えながら、先輩達を見送った。
——風が、通り抜ける。
俺は六年になった。
駆け足のような一年だった。
実習では、級友を何人か失った。その度に泣いた。人の死に慣れるより、泣いて悼んで彼らを弔うことを俺は選んだ。
委員会では委員長になった。予算会議で左門と対立した。左門は持ち前の瞬発力に加えて計算高い動きが出来る様になっていた。予算を計算し続けるとそういうもんになるのか?俺の問いに作兵衛が答えた。
「ありゃ頭使ってるというより、何年も計算を続けたゆえに脳みそが筋肉になったんだよ。筋肉が考えて動いてる。」
やだねー、刷り込みって。やれやれと肩をすくめる作兵衛。そういうお前の縄術だってその一種だと思うが。
シロや金吾に雑事の引き継ぎを始めた。
今まで滝夜叉丸がやっていたことを、俺はなにも引き継ぎなしに受け継いでしまっていた。
もちろん補佐として入っていたけれども、それでも委員長の仕事はまた別格だ。
いきなり落ちて来た委員長の責務を、五年だった俺は代理委員長だった作兵衛や、あの一件で仲良くなった斉藤先輩に教えられつつ行った。正直いっぱいいっぱいだった。
もしも、ということがある。六年になった俺は少しずつあいつらに仕事を教え始めた。
彼の墓へは相変わらず通っていた。もちろん花を添えることを忘れずに。
件の方向音痴は、夏頃にはもう完璧に治っていた。
俺と同じように動いていた左門も、その影響かもうほとんど迷うことをしなくなっていて、そのことに気付いた作兵衛が少し寂しそうに「本当にもうすぐ卒業なんだな」と呟いた。
やることが沢山あった。学ぶこともまだまだあった。感じることも多い。
だけど、
夏が終わればまもなく卒業試験が始まる。
学園生活の最後が近づいていた。
[7回]
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