迷子という現象は「みんながどっかいってしまう」もので「いつのまにか地形が変わっている」ものだった。かなりの馬鹿だったと思う。今も馬鹿だが。
無自覚方向音痴とはよく言ったものだ。同じろ組だった左門は決断力のある方向音痴だった。同じくろ組の作兵衛は本当に苦労したと思う。
マラソンや郊外実習は本当に作兵衛におんぶに抱っこ。捜索に次ぐ捜索で首根っこ掴まれては連れ戻されていた。
そして、活動内容がマラソン主体の体育委員会では滝夜叉丸が俺のお守り役だった。
「お前…自分でわかってないのか?」
4度目の委員会、4度目の迷子、そして4度目の捜索、発見、森の中、滝夜叉丸が言った。
「なにがっすか?」
本気で解っていなかった素直な俺が答えると、滝夜叉丸の顔は驚愕から愕然に変わった。
「毎回毎回こんなにわかりやすく迷子になっていてそれはないだろう…。お前方向音痴なんだよ。わかるか?」
「いや、違いますよ。いなくなったのは先輩達の方で…」
「あほ!お前がいきなりコースから脱線したんだろうが!最初は私の華麗な後ろ姿に目がくらんで消えたのかと思えばどういうことだ毎回毎回!!大体お前が…」
ぐだぐだぐだ。滝夜叉丸の自慢だか説教だかが続く。俺はと言えば、この人の言葉は一息以上続いた時点で聞く価値なし、と短い委員会生活の間で学んでいたので、もうしっかり聞く耳は持たなくなっていた。生返事ばかりしていて内容はさっぱり覚えていない。
「〜〜からな!わかったか!!」
「はあ」
自分でなにを了承したのか、わかったのは5度目の委員会でだった。
「ほら」
滝夜叉丸から手渡された縄。意味がわからない。
「なんすかコレ」
「前回言っただろう。次から腰に縄巻くと」
知らない、とは言えなかった。なんせ聞いていなかったものだから。
「いらないですよ。大体俺方向音痴じゃないし」
「お前がそう思っていてもかまわないが、お前がいなくなることによって先輩方や私に迷惑がかかるんだ!」
有無を言わせぬ口調で、滝夜叉丸は俺の腰に縄を通す。輪っかになった縄の中に、俺と滝夜叉丸が入る。ガキのころのお遊びみたいで気恥ずかしい。
「止めましょうよ先輩。かっこ悪ぃ」
「ばかもん。かっこ悪くても迷子になるよりマシだろう」
いつも格好付けてばかりいると思った先輩からの意外な言葉。ぐいぐいと引っ張られ、俺もしぶしぶと走り出す。自慢の御髪がふわりと揺れ、いい香りがした。こいつ男のくせに髪まで手入れしてやがる、いけ好かない奴、そう思ったのを良く覚えている。
いつも野外を走り回るくせに、やたら白いうなじのことも。
「……まあ、しばらくは付き合ってやりますよ」
「お前が言うな!」
[6回]
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