気持ち的には順風満帆な次の春。
俺らはまた一つ進級した。
前年の卒業式ではあの多大な影響力と存在感を与えた前六年が卒業し、あの七松小平太先輩も学園を去った。ぼろぼろに泣くシロや金吾の頭を撫でながら、暴君はいつもの笑顔で「元気でな!」と言った。またな、ではないのがこの先戦忍として生きる彼の覚悟をみた気がして。
でかい手の平が俺の肩を叩く。
「三之助はきっとでかくなるぞ」
当時、ひょろりと伸びた俺の背はもはや滝夜叉丸を抜こうとしていた。でも、先輩が言いたかったのは、そういうことじゃなかったのかもしれない。にかっと笑って七松先輩は続けた。
「だから滝ちゃんをしっかり支えてやってくれ」
前髪をくしゃりと撫でられて、彼は涙を堪えている滝夜叉丸に向かった。もしかしてこの人は滝夜叉丸のことを好きだったのかもしれない。俺らが恋人同士になったと告げたときも今のような顔で笑っていたっけ。それでも揺るぎなく俺らの先輩で居た、大きな背中。ずっと追い続けていたけど、とうとう追いつけないままに別れを迎えてしまった。
でも、きっといつかは。
「…っ七松先輩!!……っありがとうございました!」
背中に向かって一声、頭を下げる。涙がにじんだ。
後ろを向かないまま、手を一振り。
その世で先輩を見たのはそれが最後だった。
そして、
俺は四年へ、滝夜叉丸は五年へと進級する。
俺にとってはただの進級に過ぎなかったが、滝夜叉丸にとってはそうではなかった。
四年から五年へかけての春期休暇。ここで俺ら生徒はこの学園がなんなのかを、思い出すことになる。
忍者とは、密偵、謀略、後方攪乱、そして暗殺を行う者。
五年への進級の課題は、人を殺めることだった。
人を殺めるといっても色々とある。今まで実戦授業として戦場で火器を撃っている、それが人に当たったか否かだとか、俺らが仕掛けた罠に敵陣の誰かが陥ったとか。間接的な殺人は今までもやってきたが、今回の課題は違う。もっと密接で恐ろしい、暗殺という仕事だった。
もちろん失敗して自らが命を落とすこともある。もしくは自ら直接的に、そして積極的に人を殺めてしまったという罪悪感に苛まされて学園を去るか、その死を乗り越えて忍びとして生きていく決心を固めるか。それが試されるわけだ。
手段も武器も指定なし。だた一人を、一忍びとして殺して来ることを課される。
しかし今考えると、進級を望む生徒の数の分だけ学園に暗殺の依頼があったということだ。そら恐ろしい、が、それが室町時代、俺らの生きていた時だった。
学園の多くの生徒はそこでいなくなっていくが、滝夜叉丸は残ったうちの一人だった。
もちろん精神的なショックは計り知れないものであったと思う。何があったとも言わなかったが、彼のお得意であった自画自賛語りは鳴りを潜め(ナルシストっぷりは相変わらずであったものの)、ずいぶんと下級生に心配(?)されていた。(あれだけウザがられていた割には人気者だったらしい)
また、その頃眠れないと言って寄り添う彼と、夜空を眺めたまま一晩過ごすことが多かった。
まだまだ「人を殺す」ということがまったく解っていなかった俺は、何も言えずにただ側にいた。気の利いた言葉をずうっと探していたのだが、何も思い至らなかった。今なら何か言えるのかって言われても解らない。ただ、精神的に参っている彼が俺の側を選んでくれたというのは、今も昔も嬉しいことだ。
癒すことができなくとも守ってやることが出来なくとも彼の居場所を作ってることだけは出来る。
俺は黙って滝夜叉丸の隣に寄り添い、滝夜叉丸も黙って俺の隣に居た。言葉も交わさず、けどただ静かに絆を深めた。
この四年生としての一年は、俺の中でも意識面で割と大きく変わった一年だった。
滝夜叉丸が忍びとしての覚悟を決めたのを間近でみたということもあるのかもしれない。
委員会でも代理委員長として動く滝夜叉丸を補佐し、物事に自分で判断を下す、ということが増えてきた。
七松先輩のように、という目標も出来た。
学園生活の折り返しも過ぎた。
ふと、絵空事ではない現実の将来を考えることも増えた。
いつから忍者を目指したかって言われたらそりゃ入学を決めた時だけど、忍ぶものになると決めたのは、この年からだったのかもしれない。
覚悟はまだまだ甘かったわけだが。
[5回]
PR