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07 . October
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13 . April
え、それって吊り橋ほにゃららとかいう作兵衛はとりあえずぶん殴っておいて、俺は恋をしていた。


学園生活も三年目を迎える。この年はあの有名な一年は組が入学した年でもあり、いろいろ騒がしかった一年だったいうことをよく覚えている。
なにより滝夜叉丸との転機もこの年だった。

当時十二歳の恋はなにより純粋で、ただ彼の人の姿を認めれば幸せ、委員会のある日は好運、触れ合えたならば有頂天。こんなもんだ。
三年になり、体力も力もついた。身長こそ滝夜叉丸より小さかったが、迫るところまで来ていた。委員会の中でも中堅どころの俺らは、よく二人一組になって活動していて、俺は彼の癖や動きを覚えるのに事欠かなく、まだ告白もしてないのに双忍なんて将来を考えたりして、恥ずかしいことにかなり浮き足立っていた。正直思い出すのが辛い。自重しろあの頃の俺。
ただ生来顔に出ない性格のせいか滝夜叉丸はまったく気付いていなかったらしい。彼の鈍さも相当なもんだ。



あの夏の終わりの晴れた日も、俺らは共に行動していた。
なんの拍子だったか。ふとした瞬間に俺と彼を繋いでいた縄が外れ、そして逸れた。
また迷ってやがる…。俺がいねぇとしょうがねぇなぁ、あの人。
一人になった森の中、自分のことを棚に上げた俺は彼を捜してさ迷い…、やはり浮かれていたんだと思う。忍たまとして恥ずべきことだが、不意になくなった足元に気付かなかったのだ。
あれと思った時にはもう遅く、俺は四間はあろうかという崖から転げ落ちていた。

ガラリと何処かが崩れる音がする。
落ちてきた小石がコツンと額に当たり、気がつく。崖の下の薮に俺は引っかかる様に倒れていた。
意識が戻ると同時に感覚も蘇る。酷い痛み。自身の状態をいの一番に確認することは学園で学んでいた。
右手、痛い。左手、痛い。両足、痛い。右足は折れてる様だ。
一先ずの安堵。痛いことは感覚があるということだから、痛みに耐えさえすれば動けるということだ。実習や演習ならば、すぐさま動いて身を隠す所だが、幸い今は違う。
やれやれと頭を振った拍子に、飛び散る紅。どうやら頭も切ったらしい。下を向くと、袴が滴る血でみるみる袴が染まった。洗濯のことを思って俺はうんざりとする。
足が折れているということはしばらく実習を休まなければいけない。その間の座学の補習(俺は座学が苦手なのだ)に治ってから遅れを取り戻す為の自主練(努力ってもんも苦手だ)。その他、自分の不注意による怪我の反省文や完治までの身体上の注意もろもろ。学園の性質上怪我は珍しいものではないが、その後に付随する煩わしさは慣れるものではない。自分の馬鹿さ加減を猛省する。
何より現状で迎えが来なかったならば、暗くなるまでに自力で帰らなければならない。一晩ここで明かす訳にはいかないのだから。
やれやれ、もう一度思って、力を抜いて寝そべった。澄んだ青空に日暮が鳴く。ちくしょう。

それからどれくらい経ったのか、がさりと木々をかき分ける音が聞こえて俺は顔を上げた。
滝夜叉丸だった。
「居た!」
息を切らせて、髪の毛を乱れさせて、顔に泥までつけた彼は、俺を見つけて駆け寄った。
「お前がはぐれてからしばらくして、大きく崩れる音がしたんだ。まさかと思ったけど、まさかとは…」
痛がる俺のあちこちを探って滝夜叉丸は顔を顰める。
「馬鹿もの。なんで落ちたんだ」
「落ちたくて落ちた訳じゃないっすよ」
「当たり前だ。馬鹿」
頭を叩かれるかと思ったら、そっと額の血を拭われた。優しい手つきにどきりとする。ふと彼を見上げると、彼も俺を見ていた。不思議な空気だ。居心地の悪いような、もっと近づきたいような。
「……た「三之助ーーーー!!!どこいったーーーー!!!」
名を呼びかけた俺の声をかき消し、鳥も飛び立つほどの声でどこからともなく七松先輩の声がする。はっと我に返った様に彼の手が離れた。
「無事です!!見つけました!!私が学園に連れ戻します!」
これまた大きな声で、滝夜叉丸が返事をした。
……なんだったんだ今のビミョーな空気。でもなんかちょっと惜しかった気がする。なんとなしにもやっとした気分になりながら、俺はよっと立ち上がろうとした。が、折れてるらしい右足を甘く見ていた。突然走った激痛に呻いてよろけてまた薮に転がる。
「っっ!!!!」
「三之助?」
右足を抱える俺の肩に滝夜叉丸の手が添えられる。脂汗を流す俺の顔を見て彼の眉がひそめられた。右の地下足袋を苦内で裂かれる。腫上がった足が出て来て彼の手が止まった。
「…折れてるじゃないか」
「……折れてますね」
「着地失敗したのか。馬鹿か。そもそも忍たまのくせに崖から落ちるなんて何を考えてるんだ。大体お前はいつもいつも不注意すぎるからこんなことになるんだ」
つらつらと流れ出る説教。おいおいこんなときまで勘弁してくれ。帰ったらいくらでも聞くからここはとりあえず添え木になるようなもんでも探して来てくれないかな。
うんざりと肩をすくめると、ふと頬に冷たい感触がした。

見上げると、滝夜叉丸が泣いていた。
こちらをはっきりと見、眉をひそめ、顔だけはいつものお説教の顔だ。
だけどその両目から涙が溢れている。止める気もないのか。大粒の涙は彼が瞬く度にぼろぼろと溢れて俺の頬を濡らした。
「……なんで、泣いてんですか」
「お前が無茶するからだ」
それでどうして、とは聞かなかった。痛む左手を持ち上げて、彼の頬に添える。その上から更に手のひらを重ねられた。長い睫毛が瞬いて、蝶々を思わせる。なんだか俺もつられて泣きそうになった。
「俺、あんたが、好きです」
こんな泥だらけで血まみれで格好悪ぃなって思ったけど、今言わずにはいれなかった。
「あんたが好きです」
潤んだ目を見つめる。滝夜叉丸が口を開いた。
「……あんた、じゃなくて、滝夜叉丸先輩と呼べ」
思わず苦笑。ほんと、あんたらしい。
頬に寄せた手をうなじに回して引いた。抵抗はない。滝夜叉丸の左手も俺の頬に添えられた。直前まで目を合わせたまま。ふわりと閉じる彼の目を見て俺も目を瞑った。

触れた唇の感触は今でも覚えている。

俺らは恋人同士になった。


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