入寮も無事にすませて始まった新生活。
懐かしいことばかりの、新生活。
あの頃のあの学園での、友人達とも幾人か再会を果たした。卒業式の翌日に共に旅立ったあいつらとも。
「あの頃」に関しては、記憶があるもの、ないもの、又は一部のみ覚えているものそれぞれで、全部覚えている人間が揃っているのなんてそれこそ七松先輩の代ぐらいで。何故、より、やっぱり、と思うのはまあ察して欲しい。
その件の暴君といえば、相変わらずのごり押しっぷりを発揮して、俺は彼に引きずられ再び体育委員会の肩書を背負うこととなった。忍術なんて習ってないくせに、あの頃の化け物並の体力を持つ七松先輩の後ろを俺はまた滝夜叉丸と共に走っている。かつて目標としていた暴君の背中は幾年を越えた今でもまだ遠く、密かに俺は自主練を始めた。今世こそ追いつくと心に決めて。
滝夜叉丸とは……なんと言えばいいんだろう。
室町のあの頃、滝夜叉丸が生きていた時からを継続とするならば、俺らの関係は変わらず恋人同士だ。
だけど俺らは一度、完全な別れを体験している。死という、絶対的な。
なら、新しいこの時代で、また新しく始めようと俺は思った。
この「時代」に生まれた、「次屋三之助」と「平滝夜叉丸」として。
あの再会の後、滝夜叉丸は少しの間伏せ、 熱を出して寝込んでいると聞いて彼の部屋を訪ねた俺は、またしも同室だという綾部喜八郎から刺々しく文句を言われた。
「滝ちゃんが今寝込んでいるのは、お前のせい」
キッ!と睨みつけられて少しひるむ。綾部喜八郎が言う所によると、滝夜叉丸は俺と再会するまで一切の記憶を無くしていたんだそうだ。再開と同時に俺が滝夜叉丸を思い出した様に、彼もあの瞬間に「あの頃」を思い出したんだと言う。ならば今の熱は、俺が記憶を取り戻した時と一緒、知恵熱のようなものなんだろう。あの不安さは俺も知っている。尚更会わなきゃならないと、渋る門番を説き伏せて、俺はベッドに眠る滝夜叉丸の脇に座った。うすらぼんやりとした目が俺を捉える。
まるで、あの時のようだ。
夕暮れに染まるかつての医務室を思い出した。身体に震えが走って、俺は咄嗟に滝夜叉丸の手を握った。彼の手は汗で少し湿っていて、そして温かかった。 生きている。彼は生きている。
ほうと息を吐くと、それと同時に彼の瞳から涙が溢れた。
「…さんのすけ」
「うん、なに?」
呼ばれた名に、頷く。たったそれだけが酷く嬉しい。
「こんなに大事なことを、私はどうして忘れていたんだろう」
ほろりと溢れる涙を指で拭って、汗ではりつく彼の前髪を整える。
「…覚えていても良いことばかりだったわけじゃない。忘れていたかったことだってあるだろ?」
「けれど、お前を忘れるなんて」
縋るように握ってくる手を、両手で包み込むように握り返す。本当にあの時みたいだ。でもあの時とは逆に、泣きじゃくるのは滝夜叉丸で穏やかに微笑むのは俺だった。
「俺は、あんたとまた会えた事で充分に、あんたがまた俺を思い出してくれている事で十二分に幸せだ。」
汗ばむ額に口付ける。涙で濡れる目尻に口付ける。
伸ばされた手に答えて、俺は滝夜叉丸を抱き寄せた。
温かいというより少し熱い、彼の身体。命の熱さだ。
「滝夜叉丸」
「…ん」
「わらって?」
あの時、自分が言った言葉だと、彼は気づいただろうか。少しだけ目を瞬いて、そして、ふうわりと彼は笑った。
涙は止まっていた。
「頼みがあるんだ。」
「…なんだ?」
少しだけ緊張していた。
「もう一回、俺と生きてくれないか」
滝夜叉丸の目が軽く見開かれた。
まさか断られるとは思わないけど、いや、でも、もしもとか。まさかだったらぜってー奪うけど…まさか、なぁ…
そんな弱気な心に気がついたんだろうか。
彼が吹き出すように笑って、言った。
「俺が死ぬその時まで?」
いたずらっぽく口にしたのはあの頃の俺が言った言葉だ。俺は頷いた。
「俺が死ぬその時まで」
彼の手が、俺の背に回る。抱きしめられた。
「いまさら…」
額と額が合わさる。滝夜叉丸の目が近い。
「わたしを追いかけて転生までしたお前を、離すわけはないだろ?」
「……、滝夜叉丸が待っててくれたんだろ?」
「ばか」
二人で笑い合って、それから、
「今度こそ、幸せになろう」
「ああ」
キスをした。
柔らかな暖かいキスだった。
何百年も昔に離れた俺らの道が、また再び並ぶ。
俺は滝夜叉丸をきつく抱きしめた。
今度こそ、離さない。
[7回]
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