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07 . October
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19 . October
ガツンと頭を殴られたような衝撃。




合わなかったチューニングが、次々とクリアになる。彼との思い出。彼への、想い。


たきやしゃる!


衝動的に後ろを振り返ると、彼もまた、驚きに目を見開いて俺を見ていた。
白い肌に、うすらと赤い頬、くっきりとした二重の大きな目に意志の強さを窺わせる太い眉。
顔のラインは最期に会ったあの時に比べると、まだ少し丸く幼い。
そして、あの頃のような長さはないけれど、艶やかな、彼の自慢で、俺の大好きな、黒髪。
ああ、滝夜叉丸だ。
思った途端、涙が溢れた。涙腺が馬鹿になったみたいに、次々と溢れる。滝夜叉丸も泣いていた。
手を伸ばせば消えてしまうんじゃないかって、怖かった。でも伸ばしたら一瞬で触れたくなった。
「………ッ!」
抱きしめる感触、抱きしめられる感触。
間違いなく、滝夜叉丸だ。あの頃何度も見た夢ではない。朧げな記憶の幻でもない。生きている滝夜叉丸だった。
抱きしめる腕に力を込める。暖かく、柔らかい。彼だ。
こんなに愛しい人を、どうして俺は忘れて生きていられたんだろう。
ひとしきり抱き合うと、目が合った。涙で濡れた瞳。もっと触れたくなる。戸惑いはなかった。
目を伏せ、彼と唇を合わせ

「はいストップ。廊下〜〜」

俺が口付けたのは、滝夜叉丸の口を覆った誰かさんの手の甲だった。
横からずいと出てきた空気の読めない輩は、何世紀越えてもとことん俺の邪魔をしたいらしいあの人だった。
「相変わらずサルみたいに盛るね、次屋三之助」
不機嫌そうに眉を寄せ、滝夜叉丸を俺から遠ざける綾部喜八郎。いきなりの挨拶。さすがに涙が止まる。
「……ご無沙汰ぶりです。綾部先輩」
「どうも。新入生はとっとと帰る時間だよ」
しっしと手を振る綾部喜八郎の向こうでは、どうやらここが公共の場だという事を思い出したらしい滝夜叉丸が、真っ赤な顔で俯いていた。可愛い。
更にその向こう、見覚えがある顔が二つあった。目が合って思わず会釈をすると、長身の先輩が返してくれる。
覚えている人に会いたいと思った。会ったらどうしようって、色々考えていた。
でも、まさか、こんなにすぐに会えるだなんて思わなかった。嬉しさ半分、戸惑い半分ってとこだ。
「…それは、生まれ変わって再会を果たした恋人たちにはあんまりなんじゃないですか」
「恋人ってのは、前世の話だろう。「今」はまだ他人。帰れ。」
久々の感動の再会もあったもんじゃない。やっぱり俺はこの人を好きになれなさそうだ。
「ちょ、三之助!何やってるんだ!」
廊下でぎゃあぎゃあやりあってるのが聞こえたんだろう。作兵衛が焦った様子で戻ってくる。片手には左門がしっかりと捕まえられていた。
「お前、上級生相手に!」
「だってこの人腹が立つ」
「おまっ!」
人差し指を突き刺して言ったら、作兵衛がひい!と顔を歪めた。ああ、またなんかネガティブな想像してるんだろうな。こいつも変わんないな。
こっちはこっちで騒ぎ、あっちもあっちで、綾部喜八郎が斎藤先輩に宥められていた。滝夜叉丸は相変わらず顔を赤らめ、それが田村先輩に移っている。
ああもう、俺が今まで悩んでいたことは何だったろうってぐらい、あの頃の、あの景色が、この平和な時代で繰り返されている。
「だってようやく私の時代だと思ったのに」
頬を膨らませて綾部喜八郎が言う。なんの時代だ。
「まあまあ、次屋くんだってあれ以来だもの」
生まれ変わりを「あれ以来」で済ます斎藤先輩、流石です。
「おま…、ここ……」
「だまれ……」
真っ赤になって黙りこくる滝夜叉丸と田村先輩。お二人とも可愛いことで。滝夜叉丸の方が可愛いけど。
「おっ!喧嘩なら加勢するぞ三之助!」
首根っこつかまれた左門が勢いよく言う。そんじゃ、加勢してもらおうかな。
「ばっ、お前らっっ!入学早々そういうことをっ!」
勘弁してくれ、と顔に書いている作兵衛。昔っからお前に迷惑かけっぱなしだな、俺ら。
ふいに、廊下の窓がココンッと叩かれた。振り向けばそこには懐かしの暴君。
俺と目が合うと、にっかと笑ってバレーボールを掲げた。
…お久しぶりです。七松先輩。背後に見える顔触れも変わらずあの頃のままだ。
本当に、俺が悩んできたことはなんだったんだろうね。ここまで来るともはや嬉しい領域を越えた溜息しか出てこない。
やれやれと肩を落とすと、背中に誰かが当たる。肩越しに見遣ると滝夜叉丸だった。俺と同じように少し呆れ気味の顔。
合わせた目にはもう涙はない。愛しさが込み上げる。背中合わせの体温。

ああ、滝夜叉丸だ。顔が緩む。見れば彼も笑っていた。お互い顔を見合って笑い合う。何世紀ぶりに見る彼の笑顔。

また彼と生きていけるなんて、なんて幸せなことなんだろう。
また彼を愛して生きていけるなんて、なんて幸せなことなんだろう。

ようやく「俺」が生まれた訳が、解った気がした。

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