あの声は誰のものなんだろう。
場所からして、親兄弟や就職してから出会った人間のものではない。ならば同じ組の奴のものか、ちらりと左門と作兵衛を見遣る。または同級生か、委員会か。
もう一度思い返してみても、あのフラッシュバックのような記憶は繰り返されなかった。
全てを思い出したと思っていたのに。相変わらず「あの頃の記憶」は俺を振り回してくれる。久々の感覚に俺は自嘲気味に笑った。
壇上では、懐かしの学園長が挨拶を始めるところだ。
きっとあの頃と同じく長い演説を始めてくれることだろう。予想して持ち込んだポータブルプレイヤーを再生する。
イヤホン越しに流れる、コーラスから始まるメロディ。柔らかな歌声。最近よく聞くバンドの曲だ。
パイプ椅子の背もたれに深く腰掛けると、目を閉じた。
Cuz I wanna be with you
Until I die
この曲の英歌詞の意味が知りたくて、英語を必死で勉強したっけ。結果的に受験には役だった訳だ。何故だか頭から離れないメロディ、言の葉。
いつしかすっかりと口ずさめるようになっていた。
一生一緒にいたいから
俺の死ぬ そのときまで
俺が死ぬ そのときまで
その、とき、まで
………!!
「……ッ」
ぞくり、肌が粟立った。
はっと目があけると式はもう終わっていた。いつの間にかうたた寝をしていたらしい。周りの同級生が次々と立ち上がる中。俺は目を覚ました。
真後ろに座っていた作兵衛が俺の頭を突いている。こそり、奴が話しかけてきた。
「お前、やっぱ具合悪ぃ?」
確かに、ここに、この場所に来てから妙な白昼夢ばかり見る。
「…ちょっと、悪い…かも」
妙に汗ばむ手のひらをズボンで擦って、俺は言った。
なにか、妙な感じがした。違和感?既視感?
忍びとしての能力はとっくに失くしているのに、なぜか思う。
ここで、なにかが起こる、と。
講堂から教室に向かう最中、作兵衛はやたらと俺を気にかけた。そうそう弱い身体でもないのだが、今世での出会いがあれだった上に、出会った頃の俺は記憶の洪水に流されてよく知恵熱を出しては倒れ込んでいたものだから、作兵衛としてはまたあの頃の様になるのではと心配なんだろう。
「大丈夫だって。熱もないし」
「でも顔色悪ぃぞ。保健室行くか?」
「そんな、大げさな」
軽くいなすと、今度は左門が言った。
「いいや、心配だ。俺が保健室を探してきてやろう!」
そして傍らに風が抜ける。間髪入れずに作兵衛の怒鳴り声が響いた。
「オメーはどうして、そういうっ!」
すでに小さくなっている左門の背中を、作兵衛がダッシュで追いかける。走る間際、肩越しに振り返った。
「お前、無理すんなよ!保健室行きたくねえなら教室で大人しく待ってろ!」
……ほんとに、俺にはもったいない友達だよ、お前ら。
薄く笑って手を振って、かけっぱなしだったポータブルプレーヤーをしまう。
校庭が一望できる渡り廊下。向こうの端に桜が咲いていた。まだ咲き始めという感じだが、まもなく満開になるだろう。
ああ、桜の咲く場所は一緒なんだな。
そんなことを考えていた。
あの時代は季節ごとに様々な花が学園では見られたっけ。今の時期だと桜と…山吹か?あの頃と同じ様に同じ場所で咲いている花が、他にもあるんだろうか。
対面から、4人の生徒が歩いてくる。ネクタイの色が違う。上級生だ。
その紫のタイをみて、また思う。ああ、藤だ。もう少し経てば、藤も見頃になる。
あのひとはふじのはながほんとうによくにあっていた。ぼんやりと眺めたその先の、その上級生と目が合った。
えらい整った顔、庶民の生活をしてきた俺にはまるで縁のない家の出身なんだろうって一目でわかった。
さらさらの髪に大きな目。その目を縁取る長い睫毛が、ぱちり、と瞬く。蝶の羽みたいだと、俺は思った。
目が合ったのも、すれ違ったのも一瞬だ。
ふわ り、
お互いの間に風が流れる。
すべてを、すべてを思い出したのは、その時だった。
[10回]
PR