実を言うと覚えていないことの方が多い。よほど思い出したくないことばかりだったんだろうな、と朧げな記憶を掘り返して思う。実際、ガードがあるみたいに思い返していてもふつりと途切れる記憶もある。良い思い出でないことは明らかなので、俺もそれ以上思い出そうとはしない。
そういうこともあって、卒業以降の思い出のほとんどは滝夜叉丸の墓でのことだったりする。
任務の最中にふらりと寄ったり、諜報に行く途中で一休みしたり、いい酒が入ったから手向けに行ったり、暇さえあれば彼のところへ行っていた。
「待っていてな」
言ったのは俺だけど、なんとなく彼がそこにいる気がして。
あの時の約束。一緒に暮らそうという、あの約束。
暮らす事は叶わなかったけど、俺は彼のもとで四季を過ごし、休暇をくつろぎ、癒されていた。
共に生きる事は叶わなかったけど、俺は確かに滝夜叉丸と過ごしていけていたと思う。
だから俺が最期の瞬間に選んだ場所は、もちろん彼の元だった。
忍術学園を卒業して五年目、プロとして忍びの世界に入って五年目。
一人前として扱われ、部下もついた、幾人かを纏めて上に立ち仕事をする事も多くなった、そんな頃。
周囲に目を向けられる様になって来ていた俺は、気付いてしまった。
この五年間仕えて来た城は、次の戦で落ちる、と。
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を表す
なんてうまいことを言ったもんだ。
五年前は確かに栄えていたこの城は、周りの強敵達にじわじわと周りから攻められ、そして滅びようとしていた。
「逃げるか?」
同輩が言った。
「馬鹿言うな」
俺は返した。五年で生まれた忠義。命をかけて守ってきた城だ、情も生まれる。それを捨てて逃げようなんて思えなかった。嫁いで来たばかりの若君の姫さんは、先日世継ぎを産んだばかりだ。
「散々足掻いてみようじゃねーか」
苦内を握りしめて、笑った。
負け戦と解ってて身を投じるなんて、ホント馬鹿って思う。ましてやそれが忠義の為なんて、馬鹿らしさにもほどがある。
あの頃世の中には馬鹿が溢れかえっていたんだ。
結果として、城は落ちた。
いつか笑いあった同輩は俺の目の前で死んだ。
殿と奥方、そして若君も殺された。唯一の救いは、姫と世継ぎは、姫の実家へと無事に身を寄せて命は助かったらしい、ということ。情報は不確かだが、俺の仲間達だ、きっとやってくれたと信じている。
そして、俺は、
腹にくらった一撃は内蔵まで達しているようだった。身体がひどく重い。動く度にひどい激痛が走り、喉元から熱い血が溢れてくる。それを必死に耐え、休み休み、俺は森の中を行っていた。滝夜叉丸の元へ。
城が落ちたと伝令がまわった時、俺はまさに敵方の忍者に殺されようとしていた。伝令を聞いた、相手の覆面から覗く眉が上がるのが見えた。構えていた刀が降りる。
「…殺せよ。ここで逃したら俺はお前を殺しに行くぞ」
震える手で刀を掴む。口から溢れる血にかまわず俺は構えた。
「止めを刺さんでもお前は死ぬ。城も落ちた。好きな場所で死ね」
「情けか?」
「後輩への情だ。阿呆」
刀を一振りして、相手が刀を納める。目を見開いた俺は、覆面で包まれた相手の顔を凝視した。
生憎霞んだ目では、目元しか出ていない「誰か」を定める事は困難で。
そのまま去って行った彼の事は、今でもわからない。分らないまま、それでいいと思う。
好きな場所で、そんなの決まってる。
ようやくたどり着いたあの場所が目に入った時、俺はやはりいつものように挨拶をした。ふらつく足で彼の元へを歩く。
「やっちゃったよ、俺」
墓の前に座り込む。霞む目はもうよく見えなくて、丸い岩に手を置いた。ぬるりとした感覚に自分の出血量が知れる。それよりも彼の墓が汚してしまったことが残念で。
「…汚しちゃったな。ごめんな…」
額を押し付ける様にあてて、目を閉じる。傷が痛くなくなっていることも、意識が薄れて行くのも自覚していた。
親を思った。兄妹を思った。左門、作兵衛、ろ組の仲間、同級生達、先輩、後輩、体育委員会のみんな。プロに入ってからの同輩、上司、部下、殿、若君、姫、世継ぎ。
そして、滝夜叉丸を思った。好きで、大好きで、たまらないあの人。
会えてよかった。産まれてきてよかった。生きていてよかった。
最期に、思える人がいて、幸せだった。
ああ、
おれは、ほんとうに
「いきた、よなぁ…」
支えきれなくなった身体が、ずるりと倒れた感覚が最期。
俺は死んだ。
[14回]
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