門の前で俺らを見送ったのは数馬だった。
「寂しくなるなぁ」
彼は結局忍者にはならなかった。五年のあの課題で、忍者に向いていないと自ら判断したらしい。
その後の二年は学園に残ったまま新野先生の元で勉強を重ね、今後は町医者の所で修業をして医者になると言っていた。俺らは初めて見た例だが、長い学園の歴史を遡ればちらほらとそういう生徒もいたそうだ。
「まあ、町に出るのはまだまだ先かな。しばらくは新野先生の下にいるつもり」
だからここは僕に任せてみんなは安心して旅立つといいよ、そう言って数馬は手を振った。
「いってらっしゃい!」
優しい笑顔に見送られ、俺達は六年間過ごした学び舎を後にした。
最初に分かれ道に入ったのは左門だ。
左門は身の軽さを売りにして、密書配達人のような任務に着いたと言っていた。いつも走り回っていたコイツらしい、と思ったものだ。方向音痴、治ってよかったなと作兵衛がしみじみ呟いたのをよく覚えている。
「よし、じゃあ私は行くぞ!じゃあな!」
まるでちょっと街へ出てくると言うような軽さで奴は手を降って去っていった。別れを惜しむ暇もない。
呆気にとられた俺たちは、顔を見合わせて笑った。
最後まで、左門は左門だ。
次の峠で別れたのは孫兵だった。
もともと忍者の一族の出だった孫兵は、このまま里に帰って家業を継ぐと言っていた。
スカしたヤツという印象は滝夜叉丸に似ていると昔はよく思った。内面はとても情に厚いところも。もっとも孫兵の情はそのほとんどが毒虫に向けられていたが。どんな虫けらにでも孫兵は「命に責任を持って」接していた。
産まれた時から忍びとして育てられて来た彼の、この家業への納得の仕方だったのかもしれない。
「お前達と任務先で会わないことを祈るよ。」
孫兵の本心だろう。友達は、切れない。そのことが解っていたから、彼は最初の頃、誰とでも一歩引いた付き合いをしていた。けど、俺らはもう友達だから。
「これで会うのは最後だと良いな。」
最後の言葉はこれ。俺らの姿を目に焼き付ける様に眺めて、彼は分かれ道を行った。
後ろは振り向かなかった。
そして、藤内。
どこかの城の、諜報部員として雇われたと聞いた。
物腰が柔らかいし変装も得意だったから、彼によく合っていると思う。同じ城にかの綾部先輩がいるらしい、というのだけが心配だったが。
「綾部先輩にいじめられるなよ?」
「そんな、三之助ほど嫌われちゃいないよ」
そう言って藤内が笑った。それもそうか。
「それじゃあ二人とも、気をつけて」
さすがの作法委員の、綺麗な笑顔で彼は去って行った。
それから数年して、藤内は忍術学園の教師になったと後になってから聞いた。
三年の頃は「あの上級生」と「あの下級生」に挟まれていた藤内だ。面倒見の良い先生になったことだろうと思う。
最後に。
「んじゃ、作兵衛」
「ああ、元気で」
作兵衛は俺と同じ戦忍として、どこかの城に雇われたと聞いた。俺らが一番遭遇する確率あるな、と就職が決まった頃はよく言っていた。手加減なし全力勝負!なんてふざけて言ってたけど、実際戦場であってそんなことが出来るなんて思わなかった。
結局最後に作兵衛が言ったこの言葉が一番正解に近い気がする。
「ま、会ったら会ったでその時だ。」
「…、だな」
お互い目を見てにやりと笑って、ハイタッチ。パァンと小気味良い音がした。
そして、分かれ道で俺と作兵衛は別れた。
しばらく歩いて、ふと振り返る。
里山が広がり、遠くの山は緑で、空には綺麗な青空。気持ちのいい春の日。
俺は、そこに一人でいた。
「……っ」
こみ上げる寂しさを振り払う様に走り出す。
遠くでヒバリの鳴き声が聞こえる。のどかな日だった。
それが一層、寂寥感をせき立てて。
結局、里に帰り着くまで走り続けた。
今まで当たり前のように側にいた人との別れ。
それが卒業。
俺はもう学生ではない。
俺は忍者になったのだ。
[17回]
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