その涙と拳を甘んじて受けた後、ごめん、俺はもう大丈夫だと伝えた。そうか、と一言の左門に、ほっとした表情を浮かべた作兵衛。
なんか、心配かけてほんとごめん。もう一謝りして、俺は作兵衛に言った。
「作兵衛に頼みがあるんだけど」
「…あんだよ。あらたまって」
「俺、方向音痴治したいんだ」
これを言ったときのヤツの表情は、今思い出しても笑える位面白かった。鳩が豆鉄砲どころか石火矢くらったような顔。俺は滝夜叉丸が死んでから初めて笑った。
「いやいやいや、何笑ってんだよ。ていうかどうしたんだよ。どうしたお前!!!」
「作兵衛ちょっと落ち着け」
「これが落ち着いてられるか左門!あの三之助がだぞ!?」
「ああ、三之助が、だ」
こういう時の状況判断は作兵衛より左門の方が冷静だったりする。左門が俺を見た。
「あれか、平先輩の件でか?」
「……ああ」
左門の言った通りだった。滝夜叉丸が運ばれて、一刻も早く駆けつけてやれなかった。彼が逝くことを決意したときに、そこにいなかった自分。そのわけ。
それを考えて、考えて、ようやく俺は自分の最悪の習癖に気が付いたのだった。
「もう、迷いたくないんだ。気持ち的にも。身体的にも。」
例えばまた、こんなことが、考えたくもないけど、こんなことが起きるかもしれない。それが学園ではなく、戦場で、一刻も早く駆けつければ防げるかもしれない。そんなことになった時、俺は失いたくない人達がたくさんいる。
「方向音痴だったって、そんな理由で、もしかしたらお前らかもしれない人を死なせたくないんだ。」
「…わかった。」
俺の目を見て左門が頷く。
「だったら私に着いてこい!!」
「あほか!!!」
ダッシュで走り去ろうとした左門を、作兵衛がツッコミと共に縄で捕まえる。いつ見ても鮮やかな手段だ。
「この件に関して、お前が役に立てることはいっっさいっっっ、ない!!!」
非情なまでに言い切り、作兵衛が俺に向く。
「そういうことなら、協力する。お前は自覚が足んなかっただけだし、すぐに治ると思う」
「うん。よろしく、作兵衛」
「……別に、俺も楽になるしな」
左門を縄で引き返しながら作兵衛が言った。あれ、こいつ照れてやがる。
「いや、ほんと助かる。ありがとう作兵衛」
ことさらにっこり言って、そっと寄り添ってみたらもう一度殴られた。
ちょっとからかっただけなのに。
一つの場所に行く、道を覚える、帰る。その繰り返しを何度もした。
最初は教室と長屋。ちょっと離れて食堂。火薬庫、裏庭。
何度も繰り返しているうちに、俺はどうやらいままで相当周りに興味なく歩いていたらしいことが解った。
そういえば昔滝夜叉丸にも言われたっけ。
「お前はもっと周りに関心を持つべきだ」
その時はあんたに言われたくないと思ったものの、やはりその言葉は正しかったんだと納得する。彼に恋してなかったころは人にも関心を持っていなかった俺だ。
「なんか、世界が違って見える」
ぼそりと呟いた俺に作兵衛が言った。
「お前が世界から勝手に離れてたんだよ」
ごもっとも。
知恵熱を出しそうになりながら、俺は徐々に方向音痴を克服していった。
そんなことを毎日繰り返した一ヶ月と少し。
まだまだ危なっかしいものの、俺は方向音痴を自覚してから初めて単身で裏々山に入った。
滝夜叉丸の遺髪を持って。
場所は、昔竹谷先輩に教えてもらった釣り場の近く。森の中にちょっとした広場がある。俺と滝夜叉丸がよく二人で行った場所だった。木の実ができる木々が生い茂り、小川があって釣りも出来る。ちょっと遊びに行くには格好の場所だ。
「ここなら文句ないだろ?」
俺は彼に言った。
苦内で穴を掘って、袱紗ごと彼の遺髪を穴の底に置く。土をかけるのは、少し待った。
本当は四六時中持ち歩いてもいいと思ってた。でも、任務中に私物は厳禁だし、なによりきっちりとした弔いをしたかった。これからのために。
「……泥まみれになるの嫌がってたのにな。ごめんな」
委員会中に七松先輩に泥まみれにされて憤慨していた彼を思い出して、俺は微笑んだ。
でも、太陽の下、土に汚れるあんたも俺は大好きだったよ。
一度だけ、その髪に唇を落として、土を被せた。
もう泣くまいと思っていたのに、やっぱり少しだけ泣いた。
土の上に、よく彼が座っていた小さな岩をのせる。側に咲いていたサザンカを添えると、なんとなく、彼が喜んだ気がして。
ああ、そうだ。あんたは綺麗なものが大好きだったもんな。
ここへ来るときは、必ず花を持って来ようと思った。
それから、暇を見つけては俺はここへ通うようになった。
[7回]
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