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25 . November
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01 . September
学園の昼休みは長い。全寮制ということもあって食堂が混雑する事も関係しているだろう。
それに移動時間も。
なんせこの学園の敷地は半端じゃなく広いのだから。



>side 食満留三郎

「ちょっと、話をしたいんですが。」
若草色のネクタイ。中等部のこどもがよくここまで来れるものだと少し感心した。
「食満先輩、いいですか?」
無表情に動じない顔に見覚えはもちろんある。
体育委員会、小平太の後輩。そして自分の後輩でもある作兵衛のルームメイト。
次屋三之助。
こいつは”過去を知っている”と、小平太から聞いたことがある。
だがそれだけだ。なんで俺に用がある?

人気のいない裏山の一角。昼休みということもあって、さらに人影はない。
まあ昼休みに限らず、一般の生徒が裏山に近付くことはほとんどないのだが。こうして「持っている」俺らの様には。
「んで、俺に用って?」
無表情の顔が俺を見る。いつも一年のちびっ子やら作兵衛という表情豊かな奴らを相手にしている分、この表情の無さは割と苦手かもしれない。なんだか落ち着かなくて、頭をかいた。
「先輩は、昔のことを覚えてる人なんですよね?」
単刀直入の言葉。頷く。どの辺まで?と続けて聞かれて、小平太と一緒。たぶん、全部。そう答えると、目の前の無表情に変化が現れた。言いにくそうに、迷っているような間と表情。
途端に作兵衛と同じ年相応の少年に見えて、少し安心する。
「なんだ?昔関連の話か?俺でよかったら相談に乗るけど。」
「…作兵衛が、」
出た名前にどきりとする。唐突に思い出されるあの頃の風景に蓋をしようとして、
「作兵衛が思い出しかけています。あの頃を、室町の忍術学園のことを。」
ぐらりと眩暈がした。蓋をしかけた記憶が溢れ出す。巡る記憶。最後に思い出すのはいつもあの時の笑顔と、涙だ。
まるで匂いまで錯覚しそうに張り付く感覚を、俺は引き剥がした。
「…根拠は?」
努めて冷静にと出した声は擦れてやいないだろうか。じわりと浮かぶ冷や汗をそのままに俺は問いた。次屋はそんな俺の様子をじっと見てから、ぽつり、話し始める。
「…先輩が覚えてるかわかんねっスけど、俺、あの頃方向音痴だったんです。作兵衛にもすっげ迷惑かけて。んでも、色々、あって、俺は忍術学園を卒業する前に方向音痴を治したんです。「今」の俺はそれを覚えてるからもう迷子にはならない。だから「今」の作兵衛は方向音痴の俺を知らないはずです。なのに、昨日の朝、間違えた。俺と「あの頃」の俺を。」
「…文次郎のとこのと間違えたんじゃないのか?」
あそこのこどもは学園でも有名な「決断力のある方向音痴」だ。
「そう、思って聞いてみたんです。そしたら最近変な夢見るって。忍者の学校に通う夢を、最近ずっと。」
いつの間にか、目の前の少年は泣きそうになっていた。
「次屋は思い出してほしくないんだな。」
「当たり前です。あんな人殺しの記憶。」
「お前はいつ思い出したんだ?」
「全部思い出したのは十歳の頃です。」
「…そうか。」
俺のように、物心つくまえから当たり前のように全部の記憶があった人間と違って、途中から記憶持った者にとって、(例えそれが産まれる前のことであっても)自分が人を殺した記憶があるというのは人生観がひっくり返るくらい衝撃的らしいと言うことは、今まで会ってきた先輩や後輩から察していた。
まして十歳なんてまだ善と悪、自分と他人しか世界がない頃だ。うまく割り切るなんて出来やしなかったろう。
次屋がどれだけ辛かったのか、なんとなく想像はつく。その思いを作兵衛にさせたくないというのも解る。
でも、それでなんで俺の所に来た?
「思い出すのは止められないだろ。」
記憶の蘇りは水の流れと一緒だ。溢れ出したら止められやしないのだ。
「それはわかってます。どこまで思い出すのかわかんないけど、嫌なこと思い出したら俺が、俺達がついてるって言ってやります。」
なら、俺に話す理由はなんだ?
「今日俺が来たのは、先輩にもこのことを知っといて欲しかったです。」
次屋の目が、俺を見た。
「なん、で」
「俺、あの時は卒業してから作兵衛に会わなかったし、どんな生き方してたのか知らない。でも卒業するまでずっと一緒だったし、今も会った時からずっと一緒だったんだ。だから解る。今作兵衛が思い出しかけてる原因は食満先輩でしょう。」
「どういう意味だ。」
「先輩が今年卒業することを、作兵衛が気付いたんだ。それは当たり前のことなんだけど。たぶん、作兵衛は初めてあんたとの別れを意識したんだ。それがきっかけだと俺は思う。」
ざわり、湿気を含んだ風が木々を揺らし、それが記憶の中の桜と混じった。

遠い昔の記憶。

長い髪がふわりと揺れる。
振り返ったその顔は、涙が零れんばかりで。それでも柔らかく彼は笑う。
「食満先輩。おれ、ずっと、」
風が吹いて桜の花が散った。囁くような声が風音にまぎれる。儚い笑顔が花びらにまぎれる。

「おれ、ずっと、せんぱいのことがすきでした」

その唇の動きだけ、やたらリアルに覚えていて。

「……ッ」
急激に吐き気がして、詰まる息を吐き出した。
「先輩?」
「………作兵衛が、」
気遣わしげに駆け寄る次屋を手で制して、背後の木に背中を預ける。大きく息をひとつ吐いた。
俯く視線に、てのひらが写る。桜も涙も笑顔も全部握りつぶす様に固く握った。

「作兵衛が、何を思い出したとしても、俺がしてやれることは何一つないよ。」

ああ、
 
 悪 夢 だ。


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