翌朝、涙の止まらぬままに朝を迎えた俺に、学園は遺体を荼毘に付すと告げた。
彼を燃すなんて!と相当抵抗して暴れた俺は、教師に卒倒させられたらしい。
次に目覚めた時には、彼はもう小さな骨壷に収まっていた。
燃える炎の前でみんなが泣いていたと後から聞いた。特に、最近はもう滅多に泣かなくなった金吾が土井先生に支えられながら号泣していたと。
「滝夜叉丸先輩のこと、みんな大好きだったんです」
泣き腫らした目でシロが言った。
こんなに皆から愛されていて、それでもなお愛されようと努力していた人を、俺は他に知らない。
そしてその三日後、滝夜叉丸は少しの私物と共に学園から去っていった。引取に来たという彼の家の使いが見えなくなるまで、俺は学園の松の木の上で見送っていた。
俺の手元には何も残らなかった。
学園の決まり事でもあった。遺物はすべて家に帰すと。それは家族に対する謝罪でもあり、俺ら残された生徒がいつまでも引きずらないように、との配慮でもあった。
この様な出来事に対して、学園は殊更意図的に容赦もない判断を下す。厳しさを教える為ということもあるのだろう。彼の死に際での二人きりで過ごせたあの一時は、学園なりの親心だったのかもしれないと、今なら思う。
とはいえ、当時の俺にそんなことを気付くという心の余裕はない。
手のひらからこぼれ落ちていった滝夜叉丸の命を思って、一刻も早く彼の元へとたどり着けなかった自分を責め、数日の間、彼が燃された裏庭をの片隅に座り込んで放心状態で過ごした。
左門や作兵衛が何度も足を運んだけれども、返事もしなかったらしい。ただぼんやりと、彼の血で汚れた己の手を眺めていたという。
「本気で後を追うのかと思った」と、後に作兵衛は言った。そのことは考えていなかった。俺が死んでも彼は生き返らないことはわかっていた。ただすっからかんになったような悲しみを、どうしていいのかわからなくて。
身体の中がすべて抜け落ちたような虚脱感が俺を支配した。
彼が俺の前へ立ったのは、眠りもせず食事もせずの数日後のこと。
斎藤タカ丸先輩だった。滝夜叉丸と仲の良かった先輩の一人だ。特異な経歴の持ち主で学園の有名人の一人でもある。しかし俺とはあまり面識がなく、話したことだって滝夜叉丸を挟んでの僅かな回数しかない。そんな彼が、遠慮がちに俺の前に立った。
「次屋くん、ちょっといいかな?」
「?」
「滝夜叉丸くんが君に残した物だよ」
そう言って先輩が差し出したのは、何かを包んだ紫色の袱紗だった。
斉藤先輩の話では、学園に担ぎ込まれた滝夜叉丸はその時点で自らの死を受け入れていたらしい。泣き縋る綾部先輩や、真っ青になった田村先輩や、そして斎藤先輩に次々と別れを告げたそうだ。
「それでね、最後に滝夜叉丸くん、僕に言ったんだ。これを君に渡してほしいって。今は血や泥で汚れているから、ちゃんと綺麗に手入れて渡してって。」
彼らしいよねぇと言う先輩の声を聞きながら開いたそこには、生きていた頃の艶やかさを持った、一房の髪があった。滝夜叉丸のものだ。
「「三之助に何も残せないと、あいつは私を吹っ切れないだろうから」って。滝夜叉丸くんは次屋くんのこれからを心配してた。」
遅くなってごめんと先輩は続けた。
「僕も辛くて……でも滝夜叉丸くんがあんなに心配してた君を、このままにさせられないでしょう?」
ふわりと微笑む。
「これが、次屋くんのこれからの支えになればいいと思うよ」
その声が、がらんどうになった体にしみ込む気がした。
艶やかな黒い髪。この髪の持ち主はもういない。俺の腕の中で死んでいった。
俺に、これを託して。
止まっていた時間が動き出した。
もう出ないと思っていた涙がまた溢れる。
斉藤先輩の手のひらが俺の背を撫でた。優しい手。
その手から繋げられた滝夜叉丸の欠片をかき抱いた。
彼を想い、祈り、弔い、そういう風に俺が生きることで、俺の中に彼は在り続ける、そのことにようやく気が付いた。
そういう風に俺が生きることで、滝夜叉丸と生き続けることが出来ると、俺はようやく気が付けた。
[4回]
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